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天面山日本蜜蜂の楽園は日本蜜蜂の養蜂を専門とする空間農業の楽園です

TEL. 097-596-1208

〒879-7502 大分市大字端登4053-2

イベント/その他情報SERVICE&PRODUCTS

蜜源/採蜜情報

      

       採蜜作業の様子(動画)1             


      
        採蜜作業の様子(動画)2
     
         採蜜作業の様子(動画)3

天面山って?

大分市の最南端

  • 大分市の西南、大字端登と河原内の境にある 天面山城址は別名天連山ともいい建久の頃豊後の豪族 大神一族の阿南氏が居を構えていた 建久七年(1196)初代大友能直公が関東より下向以来四百年間大友家の支配するところとなった。 天正十四年(1586)九州の二代勢力であった大友及び島津は戦になり島津家久の率いる軍勢は国境にある大友家の朝日嶽城(宇目町)に迫った この城を守る大友家の武将柴田遠江守紹安は人の道 武士道に反し勢いの弱った主家大友を裏切り代々の家臣帆足市弥太の諌言を無視し反旗を翻し島津方についた。島津家久は大友家を裏切った柴田紹安を信用せず腹心の武将と共に天面山城に置き紹安の妻子は星川城に人質として分離して置きその後 津賀牟礼城(野津町)を攻め落として大友勢が守る戸次鶴賀城に迫った 一方、宗麟の命を受けた大友家の武将佐伯太郎惟定は星川城を攻め此れを陥れた 紹安はこの火煙を遥か天面山城より眺め妻子の身を案ずると共に始めて帆足市弥太の諌言を思い起こし前兆を悔い宗麟公の為に戦おうと決心したが時すでに遅くそれに気づいた島津方の大軍に取り囲まれた、今や四面楚歌となった紹安は裏切りの汚名をそそぐのはこの一戦と一族郎党をもって天面山城を討って出て戦ったが奮戦も空しく島津の大軍の前に遂に悲憤の涙を呑み天面山城と共に主家大友に殉心した。



  山頂からの眺めは最高です。

   
   
    


バナースペース

天面山日本蜜蜂の楽園

〒879-7502
大分市大字端登4053-2